あしあと掲示版

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あしあと掲示版」への3件のフィードバック

  • ぺんぺん@ソプラノです。
    演奏会情報を告知させてください!

    2016年3月5日土曜日 わらべ館いべんとホール
    「木下遼子ソプラノリサイタル」
    13時30分開場・14時開演 入場無料

    御用とお急ぎでない方は、ぜひお運びください。

  • アンデルセン作『一詩人の最後の歌』。この詩を理解しようとしたときの疑問点は
    ①二人称代名詞「あなた」「お前」の使い分けが原作にあるか
    ②「私が与えたすべて」は何を指しているか(彼が世に出した全作品?)
    ③「これから来るもののために」は何を指しているか(死?)、でした。

    ジャッキー・ヴォルシュレガー著『アンデルセン―ある語り手の生涯』、
    そして大阪外国語大学デンマーク語の田辺欧先生のお世話になりました。

    客演指揮の新倉先生のお陰で、国文学の作品論の真似事を久しぶりに体験できて嬉しいです。

    ―――――――――――――

     アンデルセンは1805年、デンマークの地方都市に生まれました。当時のデンマークでは、身近な家族や友人や神に対して[Du]をつかい、物理的に距離を置きたい相手(目上の人やお役人や国王など)に対しては[De]をつかったそうです。原作の中で使われる二人称代名詞はすべて[Du]やその変形で、神や死などへ「あなた」「おまえ」の呼び分けはないそうです。
     アンデルセンはまず詩人として有名になり、それが認められて年金を支給されるようになってから、安定した生活の中で創作に専念できました。
     小さな人魚姫やはだかの王様などなど、児童を対象にした文学である「おとぎ話」というジャンルを、世界で初めて開拓したという自負があったようです。歌詞の中の「私が与えたすべて」とは、そうした作品へのプライドがあるように思います。

      大阪外国語大学デンマーク語専攻の田辺先生にメールでお願いしたら、アンデルセンの原作を送ってくださいました。原作を見たら、この詩は韻を踏んでいるのが分かります。「私が与えたすべて」と対になっている段は、「私が費やしたものはほんのわずかです」ですが、ここを直訳すると「私が為した・創造したものはほんの少しです」となるそうです。
     「私が与えたすべて」とは、私が作った詩やおとぎ話のことで、私はそれを小鳥のように歌っただけです、とは神に対する敬虔な下部のポーズをとったのではないでしょうか。

     アンデルセンは自分が話題の中心でないと気が済まないタイプだったそうです。27歳の時に初めて自伝を書いてから1875年に亡くなるまで、ほぼ10年おきに自伝を書きました。後で書かれたものほど、自分がいかに王侯貴族から大事にされていたかが強調されているそうです。
     そういう人が39歳の時に書いた“最後の歌”だから、「後から来るもののために」は、自分が居なくなった後の世代のことを思いやるよりも、今まさに自分が迎えんとしている「死」に対して、感傷的にありがとうと言っているように思います。大阪外大の田辺先生も、その解釈で間違いないだろうと言ってくださいました。そして田辺先生は、歌の奥の世界を知ろうとする人がいることを嬉しく思います、練習をがんばってくださいと応援してくださいました。
     田辺先生、ありがとうございます。

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